Facebookの「申請時にはメッセージもお願いします」について考察する

Facebookの「申請時にはメッセージもお願いします」について考察する

「申請される際はメッセージを添えてください」や「メッセージなしは承認しません」といったコメントを目にする機会があります。気持はわかりますし、挨拶があるべきとも思います。啓蒙的な行動についても否定する考えはないことを前提として、今回少しだけ持論を。

まず僕のスタンスはというと、メッセージは不要ですし、なくても承認します。(そのアカウントに【人が実在する】と思えたら、です)

自分から申請する場合はメッセージを送りますが、メッセージが送られてこなくとも無礼とは思いません。さらに言うと、メッセージを頂いたとしても丁寧な方、礼儀正しい方と感じることは少ないです。

多くのSNSで、申請やメッセージ送信などはプログラムが可能です。ツイッターであらかじめ設定した文章を自動的につぶやき続けるBOTツールや、自動フォローバックツールなんかはご存知の方も多いでしょう。FBの「いいね!」や記事へのコメントさえプログラム出来てしまいます。もちろんそれらのメッセージを受け取って嬉しいと思う人や、礼儀正しいと感じる人はいないと思います。では、コピペのメッセージなら?

手作業で送られたメッセージだったとしても、それが定型文丸出しのコピペ文章なら、さほど差のないことだと思います。しかも相手の告知や宣伝のURLでもあった場合、スッと冷めて逆方向の感情で受け止める人も多いはずです。

自分だけに宛てられた文章なら心も動きますし感謝も大きいものですが、それを相手に求めるのは違う話です。ハードル高すぎですし。

何を目的にSNSで繋がりを持とうとするのか。そこに立ち返れば、その先が見えていれば、申請時のメッセージの有無はどうでも良いことに感じられてきます。実際に交流してみなければ人間性や相性なんかわかりませんし、そのスタートとしての挨拶を相手に要求するのなら、自分から先にしたらいいだけです。本来挨拶の順番など一番大切にするものではありませんし、申請されたことを光栄に感じられるのなら、自ずとできることです。

「初めの印象は最悪だったのに今は仲良し」なんてリアルでよくある話です。画像のような超スパム的メッセージを送るアカウントとも、打ち解けられる可能性はゼロではないはず(笑)

気づけば近くにいた、共感した、尊敬していたのに実は違った、突然いなくなった、背中を押してもらった、励まされた、分かち合った。

SNSにもさまざまな場面があり、一期一会があります。かけがえのない出会いがあり、心が震える瞬間、貴重な体験があります。

ネットとリアルの境界線がどんどんなくなっていく中、門前払いは何かにつけて勿体ない行為かもしれません。もちろん、やるやらないを決めることは絶対必要なことですけどね!

形骸化したモノに囚われることなく、その先にあるものを見据える。

柔軟で、ある意味もっとアバウトでいいと思うんです。